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世の中、いやなことがたくさんあります。
仕事でも、不本意なことを言われて中傷されたりします。
いわれのないことで、批判されることがあります。

TVなどで政治家やタレントを見ていると、大変だなぁと思います。
自分では正しいことをしているのに中傷された場合、
ものすごい勢いで批判の矢が刺さる。

彼らは、世間に顔や名をさらした時点で、「いかなる誹謗中傷にも耐える、あるいは意に介さない」
スイッチを持たねばなりませんし、きっとそれを覚悟であのような仕事を選んでいると考えれば、耐えて当然と思います。

この「スイッチ」という奴がとても役に立ちます。
たとえば、仕事で営業モードの「スイッチ」を入れると、
普段全く寡黙な人間でも饒舌になるのです。

社会人として初めの頃は、このスイッチをなかなか頭の回路に作り上げることが難しいのですが、
人間関係の経験を積むと、自然に形成されます。

とても口数の多い人がプライベートでは、ほとんどしゃべらないとかいうことになるのです。

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ただ、いくら修行を積んでも、「他人の目」は、意外に気になるものです。
そう何回もスイッチを入れたり切ったりできないという状況になります。

解雇だの、背水の陣での再就職だのということになると、
どうしても、経験を積んでも、なかなか苦しいものです。

そういう時、どうするか。

2つのケースがあります。

自分に非がある時と、そうでないとき。

そうでないときは解決するのは比較的簡単ですが、「非」があるときはやや困難。
方法は同じなので、「非」がある場合、理由があるわけなので、自分の中だけでいいので、
「非」を認めましょう。今のような状況になったことには、それなりの理由があるはずです。
それに至るまでに判断した結果なのですから、理解して進んできたということで「非」を認めるのです。

別に誰にも言う必要はありません。

さて、そのうえで、冷静に、だれに対しても、もし面と向かって何かをいう人が居れば、
その時は、

「ただ、その人を見つめるのです」

冷静に落ち着いて。

見つめる対象は、複雑な情報源である人間と考えなくてもよいのです。

自分はといえば、水面に浮くボールだと思ってください。
ボールは水面が波立っていれば、揺れます。揺れても浮いています。
水面の波は、誹謗中傷。目の前の情報源から発せられた波動。
ボールはいくら揺れても沈んだり、破裂したりはせず、
揺れの中でただ浮いています。一生懸命浮いているのではありません。
ただ、浮いているのです。過剰な波動を受けているのにもかかわらず。

自分もこのボールのようにあれば良いのです。

問題に対して、追及、誹謗中傷に対して、考えられることを考えつくし、
その時の条件でやりつくせることをやれば、あとは「人事を尽くして天命を待つ」です。

相手は人間、天命には逆らえません。

その結果を良しとすればよいのです。
やりつくしてなければ、遺恨が残るはず。

だから、ちょっと時間を作り、真剣に考えましょう。

そして、その結果、ありのままの自分で天命を待つのです。

そうすれば、結果はいくつか予想した中の一つになるか、
全く予想していなかったことになるかです。

このような方法を開き直りとか、無神経な図太さと批評する人がいるでしょう。

でもそれは違います。

正しいこと、あるいは間違っていたけれどそれを自分だけでも良いので認めて、
これで良いと結論付けることができたら、とてもすっきりするはず。

もうその時点で解決しています。

あとは、この宇宙が処理していくれる。悪いようにはならない。

年を重ねた今、私はそう思えるのです。