論理学と向き合うには、やはりウィトゲンシュタインに触れなければならないでしょう。世界と認識のしくみと認識された世界にケリをつけるため、般若心経と不完全性定理に触れてきました。

これに、ウィットゲンシュタインの「論理哲学論考」を加えれば、お互いに異なるアプローチから「認識」に関して考察することができ、「ケリ」をつけられるはずです。

まず原典から忠実に、見てみましょう。

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1.Die Welt ist alles, was der Fall ist.
世界とは、起きている事全てのことである。(物ではなく、事実の総体であるとする)

2.Was der Fall ist, die Tatsache, ist das Bestehen von Sachverhalten.
起きている事、つまり事実とは、幾つかの事態が成り立っていることである。(事態+成立=>事実)

3.Das logische Bild der Tatsachen ist der Gedanke.
事実の論理上の像が、思想(思惟されているもの、思考対象、思想内容)である。(事実/思想がパラレル。事態と思想ではない)

4.Der Gedanke ist der sinnvolle Satz.
思想は、意義を持つ命題である。

5.Der Satz ist eine Wahrheitsfunktion der Elementarsätze. (Der Elementarsatz ist eine Wahrheitsfunktion seiner selbst.)
命題は要素命題の真理関数である。(要素は、自分自身の真理関数である。)

6.Die allgemeine Wahrheitsfunktion ist:roni . Die ist die allgemeine Form des Satzes.
真理関数一般は、roni と書ける。これは命題の一般形式である。

7.Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen.
語りえないことについては、沈黙するほかない。


記述されていることを理解するには、まず不明な単語を完全に理解することです。

不明な単語があると、文章全体の意味不明度が広がってしまい、「やっぱり哲学は難しい」ということで終わってしまいます。

これが難しい概念を理解する「コツ」です。

哲学用語の解説は、プロに任せるとして、ここでは私の独断と偏見で進めます。

論理哲学論考では、まず
まず世界を受け入れることから始まります。

認識の対象たる客観的「世界」と対峙することがスタート。

命題1-3で、外界のデータを、人は認識能力で取り込みます。
写像として、外部データの構造を理解することが認識です。これが認識システムによって世界が把握される仕組みです。

その次にデータは人間の思惟作用にかけられます。

これはもう世界には無関係な人間の能力です。

命題4-5は、認識されたデータを理解する論理構造の解析です。

命題6によって、記号論理で、論理構造そのものを反省していきます。
私は、ゲーデルの不完全性定理に酷似した分析です。

世界を人間が把握できるのか、ウィトゲンシュタインは、最終的に自然科学的手法を尊重したとのことですが、どこからたどっても、論理構造自体の分析にたどり着くはずです。

命題7ですが、これは読んで字の如く、この世には語れるものと語れないものが存在し、後者は「指し示す」ことのみできるとされています。

数学が不完全とされても解析すべき対象は存在し、指し示すことしかできないとはいえ、語れるものとしたい対象は依然として存在します。

私は、方法論の限界と反省の末、新たな挑戦が始まったのだと考えます。



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