千日回峰行の行者、釜堀浩元氏の「堂入り」満行が世間をにぎわしています。

13日から9日間、大津市坂本本町の比叡山無動寺谷の明王堂で断食断水、不眠不臥(が)の「堂入り」の行に入っていた千日回峰行者の釜堀浩元氏(41)=延暦寺善住院住職=が、21日未明に無事満行し、出堂したとのこと。この瞬間から、不動明王と一体となった「当行満阿闍梨(とうぎょうまんあじゃり)」と称され、信仰の対象となったのです。堂入りの満行は8年ぶりで、戦後13人目です。

堂入りは、そのうち700日の行を終えた行者が、明王堂にこもって不動明王と一体となることを目指す行。来年は京都市左京区の赤山禅院まで足を延ばして回峰する「赤山苦行」、再来年は「京都大廻(まわ)り」に挑むとのこと。

つまり、「堂入り」は、この回峰行修行の途中経過なのです。

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釜堀師は11年3月から千日回峰行をしており、今後は1日最長84キロ歩く巡礼などをし、順調なら17年9月に満行を迎えます。

なお「修行に失敗すれば、短刀または縄で自害する」という厳しい掟もあります。気の緩みで滑落事故を起こして足を骨折するなどすれば修行は失敗。時間までに吉野の蔵王堂に戻れなければ修行失敗となります。

比叡山(ひえいざん)延暦寺の千日回峰行では死者が出たそうです。

また、9日間断食する四無行は死亡する確率が高いため、「浄斎の儀(じょうさいのぎ)」という生き葬式を事前に行います。

私の記憶をたどれば、学生の頃、「阿闍梨誕生」ニュースで世間をにぎわした酒井雄哉(ゆうさい)氏を思い出します。

7年がかりで約4万キロを歩く比叡山(ひえいざん)延暦寺の荒行「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」を2度満行し、“生き仏”と称され、惜しまれつつ昨年9月、87歳で亡くなった天台宗大阿闍梨(だいあじゃり)の酒井氏。

80年10月、54歳で満行。すぐに2度目の回峰行に挑み、87年に満行、60歳だった。2度の満行を果たしたのは、記録の残る約400年間でも3人しかいないという。

最期の言葉は「ただ、感謝だな……」

2500年前の釈迦の言葉も「ありがとうございます」「すみません」「はい」

人間は何を求めるのでしょうか。修行というと「欲の超克」のように聞こえますが、ちょっと違うように思えます。俗世を60年近く生きてきて、何も悟る気配もない私には、もう抑制せずとも物欲もかなり失せてこだわりもなくなっていますが、やりたいことはたくさんあります。「やりたいことをやりたいだけやって、それでも自然(宇宙)と調和している」というような境地がゴールにあるような気がします。

では最後に不動明王の真言でしめましょう。

ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン