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あるいは人工知能は意識を持てるのかというテーマだと、もう一歩進んだ課題になります。

計算機の能力は人間の脳と同じになるのかどうかというテーマなのですが、私の推測では、これは極めて困難と言わざるを得ません。

最初から結論づけてしまうのは、興ざめかもしれませんが、このテーマについて考えてみます。確かに今やコンピュータの能力はすさまじく、その処理の速さは人間を越えています。

では何を人間の脳の機能と比べるかというと、創造力ですね。

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コンピュータの計算は、複製、並び替え、組み合わせなどで成り立っています。
人間(プログラマー)によって与えられた要素の組み換えの結果を出力するだけです。新しいものは生まれません。既存のデータを有限界組み替えてもなにも新しいものは生まれません。偶然に加えた要素以上の、集合体が作り上げる新しい要素が不可されるのだとする複雑系の考えを持ちだす人も居ます。私はこれには否定的です。それは限定された新しい要素の可能性があるからです。

創造性というものが、新しいものを生んだわけではないという考えもあります。人間の潜在意識には、本人の気付かないたくさんの情報が蓄積していて、それを無意識で組み換えた結果が創造であるという推定はできます。
要は、要素そのものを良く分析すれば客観的に予想しえた結果が創造できるという考え方です。

確かに人間の潜在意識を見えないし、まだ全貌が明らかになっていませんので、確かなことはいえません。もし人工知能に潜在意識があるとすれば、それは有限個の顕在データです。膨大な量になるでしょう。でもそれは、ハードウェアの容量を限定せず議論すれ良いので、構わないでしょう。

既知のデータの有限界の組み合わせの結果と創造された新しいものでは異なるのではないでしょうか。両者は限りなく似たものではありえます。だから人間に相当酷似したロボットは将来出現するでしょう。

しかし、ロボットの場合、全てはプログラミングされた結果です。

ピュリダンのロバというパラドックスがあります。ロバの左右等距離に干し草が置いてあります。
ロバは空腹になると干し草を食べますが、近い方の干し草を食べたいにも関わらず、左右距離が同じなので、結局食べられず餓死してしまうという話。

ロバに認識の癖があり、等距離の場合、常に右側(あるいは左)を選択するという癖でがあれば、餓死せずに済みます。

充電が切れたら自分で充電するようにプログラムされたロボットには、等間隔の位置に電源がある場合、右か左を選択するというプログラムを入れておかなければなりません。

人間の場合、容易に想像できますが、餓死することはありません、右か左かを選択します。しかも、等間隔の場合、常に左を取るか右を取るか決まってはいないでしょう。

何らかの複雑な要素がプログラムされているとも考えられます。やはり潜在意識でしょうか。それとも「癖」だとするとそれは何によって構築されたのでしょうか。

そのプログラムの要素全てを取りだし、ロボットに入れられるかどうかも大きな課題となります。

このように簡単に考えただけでも、人工知能が人間の脳と同じ働きができるかどうか、限界だらけです。

創造性と意識は異なる要素ですが、意識というものを客観的に分析するすべがありません。人工知能に意識を持たせるのは、大変なことです。

私は、実はこの「意識」は人間特有の「神」的要素だと考えています。

もう少し、頭がクリアな時に再考することにしましょう。



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