2014年8月の記事一覧

「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」という言葉は、キリストの教えとして有名ですが、最近このテーマについて知人を話したので、私の解釈というか、意見をまとめておきます。

この言葉を聞いたら、私の知る多くの人は次のようにいいました。

そんなことをしたら、ほとんどの場合、左の頬も打たれて、何の得もない。

確かにそうなんですが、真の意味を理解していないんですね。

この言葉をみんなが実践したら、みんなが幸せになるだろうということです。左の頬を打つ人はこれを実践していないので、話がそれ以上進まないのです。この言葉を解釈する、理解するというテーマからすでに外れています。

となれば、この言葉を実践することは極めて難しく、「全ての国家が一切の武器を放棄する」のと同じことだとは思います。

だから難しい。

どうすれば実践できるのかが、テーマなわけで、この言葉自体、基本原理であり、なんら批判されるべきものでもありません。実践できないあるいはしたくない我々人類に問題があるのだと思います。

以上、当たり前のことかもしれませんが、あまりにも皆が忘れてしまっていることのようで、あえて呟いてみました。

暫定措置はあるでしょうね。個人的には無類に強くなり、決して先手を打たない人になる。国家レベルでは、無類の防衛力を持ち、たとえば全ての攻撃から守るバリアを一瞬にして張れるなど。極めて精度の高いパトリオットミサイル(迎撃ミサイル)を持つのもよさそうですが、これでは有人の攻撃機の操縦士を殺傷してしまいますね。宜しくない。

でもこの考えは不完全です。相手を攻撃するものだと考えているし、どのようにして、攻撃をしない考えに自分から気付いてもらうという考えにかけています。

道は長いです。

 

 

世界平和

海外でも納豆は手に入ります。もちろん日本からの輸入品です。

ですので、マレーシアでは3つ1パックで300円弱の価格。高いです。ヨーカドーやジャスコの3倍ぐらいの値段かな!でも買わないわけにはいきません。

一番売れている、というよりこれしかないという方が正しいので、この納豆を買います。

おかめ納豆

言わずと知れたおかめ納豆です。

このほかにも売られてているブランドはあるのですが、結局、テイストの点で、これになってしまいます。でも品質保持のため、冷凍で売られているので自然解凍しても、日本で買う同じものの味とは違います。

めったに帰らない日本に帰国したら、納豆を買いこみ、持ち帰ります。その時の味は短い間しか味わえませんが、仕方がありません。

実は最近知ったのですが、このブランドを越えるものを見つけました。いきなりここで比較論はまずいし、お世話になっているこのブランドに申し訳ないので、また別の機会にそれとなく紹介します。

なんといっても納豆はパワー食材であり、最近「ケンミンショー」でも、スタミナ納豆として紹介されました。「スタミナ納豆」なるメニューは、鳥取だけのものではなくいたるところで、内容は異なれども愛されてきたメニューです。基本はねばねばしたものを合わせるという思想。基本的材料は、納豆、オクラ、山芋、生卵でしょうか。

食文化

月の裏側というテーマはとても興味深いものがあります。

これは全体の映像ではありません。NASAの打ち上げたGarilという探査機が、役割を終える前に残された時間を使い、昨年初めに撮影されたビデオ映像です。



世界で初めて月の裏側の映像が撮られたのは、1959年。ロシア(当時のソ連)の月面探査機ルナ3号が撮りました。

月の裏側ルナ

そしてこれがアポロが撮ったもっと鮮明な写真。もちろん時代差があり、撮影距離、撮影技術の差があります。また位置関係(上下左右やカバーしている範囲)の双方の同一性は未確認です。そのまま比較するのは困難かもしれません。

月の裏側アポロ

裏側には謎が多く、まず大きな違いは、裏側には「海」がほとんどないということ。月の「海」とは、アポロ11号が着陸したことで有名な「静かの海」に代表されるような、「平地」のこと。裏側にはこの平地が無く、険しい地形になっています。

月とは誕生初期の地球に惑星規模の大きな天体が衝突して、地球から分かれてできた天体という説があります。今より地球から近い距離にあり、現在の表側の地球に向けていたため、当時高温の地球の熱を常時表面が受け続けたため、表面がゆっくり冷え、裏側は急速に冷えたため、表側だけに平地たる「海」ができたのだそうです。

また、見えない裏側にはいろいろな憶測が飛び交い、興味深い説では、「宇宙人基地」があるのではないかといううわさもあります。出回っているその手の情報量はかなりなもので、アポロが隠したとされる月の建造物の写真などもネットには出ています。私としては、信じるに足るレベルでありかつ意味を持つ情報を得るまで判断を保留にしていますが、この宇宙に知的生命体は地球人だけというのはとても寂しい話であり、またあまりにも稀な話しであろうと考えています。

以前にも記事にしましたが、科学技術が驚異的に発展を遂げた現在でも、宇宙開発は中途半端に終わっています。それ以前にもっと深刻で身近な課題が山積みだからという理由は分かりすぎるほどわかるのですが、人類は、もっと倫理的な課題を消化し、互いの争いごとをやめ、他社の助けがなくでも自らを窮乏させることなく、どの国も人たちも自立することのできる力を持たなければならないと考えます。

宇宙開拓が、人類の目標などどは言いません。一つの興味への満足、限られた人たちの趣味の延長に過ぎないとも言えます。しかし、地球の人たちが一つになり、未知の領域を開拓すること、活動空間を増やすこと、せっかくこの宇宙を認識できる能力を授かった人類は、このような広がりに向けて進むべきではないでしょうか。

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