自由がない、ということで不満がある人はたくさんいるはずです。
組織に属している人で、そのような不満は少なからずいるはず。

組織がたとえば会社の場合、中には、大満足でなんの不満もない人もいるでしょうけれど、おそらく稀です。

「給料が安い」、「残業が多い」、「任せられる仕事が面白くない」、「これがいやだ」、「あれがいやだ」。
こんな意見が多いんじゃないかな。

「中には、基本的には、満足だけど・・・・」とか「世間で一般的にはこんなもんじゃないかな。ましな方だ」
とか言えるのは、本当にましな方。

「今のところに居たのでは、お先真っ暗だ。なんとかしなくては」という深刻な人も、今この不況なので多いでしょう。

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でも、よく考えてください。

なんらかの偶然か幸運かで自由がもたらされたら、あなたは使いきれますか。
この意味は、宝くじに当たったらどうしますか?という質問とは違います。
でも、それに近い条件でも構いません。

高額当選じゃ荒唐無稽なので、例えば、今の組織を離脱する資金として、今の年収、
一年分、無条件で与えられたらどうでしょうか。

「今の年収一年分やるから、自由にふるまっていいよ」

としたら、どうでしょうか。

もちろん、大喜びするでしょうし、現状打開の資金に充当するでしょう。

改めて、仕事の選択の自由が与えられたわけで、とりあえず、もし、今の仕事がいやなら、
会社を辞めるでしょうか。無条件で与えられた資金なので、失業保険をもらって構いません。

そして、どうしますか。

転職活動しますか。

そして、もしかすると、同じような会社を選び、同じような仕事に就いているのではいるのではないですか。

資金が足りないから、年収一年分ぐらいじゃ、自由を勝ち取り継続させる資金として不十分だというかもしれません。

でも金額の多寡じゃない。

エーリッヒ・フロムという精神分析学者は「自由からの逃走」の中で、極端に要約すれば、
束縛から逃れるために、一生懸命戦い、自由を勝ち得た人間でも、自由を恐怖し、また元のさやに収まるというような分析をしてます。共感できるところ大です。

何らかの不幸により、その人の器量以下の生活を強いられて、個人の努力あるいはなんらかの支援により、自由を勝ちとり、生活を一変させ、自由を謳歌できるひともいると思いますが、「自由」を行使できるには、才能、技量が必要だということです。

だから、生活を向上させされる人は、それができる才能が必要なのです。